教育とサポートがある統合医療

 食事・栄養・解毒・通常療法の統合/ゲルソン・インスティテュートの実例から
 <12回> タンパク質の制限について

 ジャーナリスト 氏家京子

今回は、 本連載第12回目で最終回となる。 これまで述べてきたことのまとめと、 補足をしていきたい。


 実践するか、 断念するか。患者側の主体的な決定として。  

本連載では、 常にさまざまな批判の的にされながらも、 治った患者たちからの根強い信頼を獲得し続けている 「ゲルソン療法」 を例に挙げ、 統合医療における教育とサポートの重要性を述べてきた。

筆者の意図は、 「すべてのがん患者さんがゲルソン療法を行なえば良い」 というところには、 もちろん無い。

連載中で述べたように、 この療法は 「はじめから行なうことが不可能」 な場合がある。 また、 ひととおり療法を学んだ後、 「自分はやりたくない」 と思う患者さんもいる。 協力者がいないことや、 安全な食材を入手し続ける経済力が無く、 「やりたくてもできない」 人もいる。

ゲルソン療法に限らず、 どんな治療方法でも 「実践か、 断念か」 は、 患者側が主体的に決定していかなければならない。 統合医療では、 特に求められる点だ。

だから、 その実現のためには、 医療者と患者側とで間違いの無い情報を共有することと、 そのための教育やサポートが重要である、 ということを具体例をもって示そうと考え、 本連載を書いてきた。 「名前だけは有名で、 日本でもなんとなく人気を維持しており、 にもかかわらず確かな情報が不足していて、 誤解が多い」。 そんなゲルソン療法は、 本テーマを語るのには格好の題材だったのかもしれない。

図らずも、 実際に読者の方から、 「今まで知っていたゲルソン療法は、 本当は違っていたということがよくわかった」、 「間違いを正したら調子が良くなった」、 「私にはゲルソン療法ができないとわかった。 早くに知って良かった」、 というような声が届くこともあった。

どんな治療法でも、 それを選び実践するには理由が必要であり、 同じように、 それを断念して次の治療法を探し始めるためにも、 また、 理由が必要だ。 わからないものにすがり続ける、 という人の姿ほど痛ましいものは無い。 これは、 患者に限らず、 医療者にとっても同じだろう。


 「休息」 、何もしない時間を持つという治療。  

最後に、 ゲルソン・インスティテュートの教育・サポートプログラムを通じ、 筆者が得てきた中から、 これまでの連載中では触れなかった大切な問題を書き足しておきたいと思う。

それは、 「何もしない時間を持つ」 ということについてだ。

ゲルソン療法では、 コレをやり、 アレをやり、 食事のきまりは…、 ととかく厳しい規則にばかり目がいきがちだ。 そのため、 それらをやることが大事で、 何かやりさえすれば治るのだ、 と患者側は鼻息が荒くなってしまう。

そして同じ事はゲルソン療法に限らず、 他の治療方法でも起こっているように思う。 飲めばよい、 食べればよい、 やればよい、 という傾向である。 それでも時間に余裕があれば、 もっと別な何かを探し求める、 となってゆく。

このような傾向は、 とくに治療に対して積極的で、 やる気に満ち溢れ、 「がんと闘うぞ」 という気持ちが強い人ほど生じやすい。 そして、 たとえばそれは、 これまでの社会生活のなかで仕事をバリバリとこなし経営者として事業を成功させた人や、 会社のなかでも重要なポストにいて大きな仕事を任されてきたデキる人であることが多いかもしれない。 「お金はいくらかかっても、 できることは全部やる」、 「だから、 がんも治してみせる」 という勢いだ。

患者側の治療に対する積極性は、 統合医療には不可欠なことだろう。 その積極性を生み出すためにも、 教育とサポートが必要なのである。

しかし、 積極性にもいろいろあり、 それがかえって治療を邪魔することがある。 なぜなら、 治癒のためには、 「休息」 が不可欠だからだ。 「休息」 とは、 「何もしない」 ことなのである。

健康な人でも、 十分で快適な睡眠時間がなければ、 一日の暮らしの中でキズついた身体を十分に修復することはできない。 また、 骨を休める時間が無ければ、 健全な血液をつくることもできない。 だとすれば、 がんなどの病気を治すためには、 健康な人以上の休息が必要だ、 ということに気付かなければならない。

この点で、 ゲルソン療法でも、 「運動をしない」、 「仕事をしない」 ということがひとつの重要な治療になっている。

ところが、 摘出手術を受けたがん患者さんなどは、 退院するときに 「これからは適度に運動をしてください」 と主治医から指導されるのがふつうだ。 だから、 「運動をしてはいけない」 と言われる意味がわからなく、 混乱してしまう。

これまでの連載で書いてきたゲルソン療法は、 体を解毒することや、 栄養を摂ることで、 何かをやることだった。

しかし、 これは体の治癒を邪魔するものを取り除き、 治癒のために必要な材料を与えているにすぎない。 体が治るための環境を整え、 準備作業をしているだけであり、 その上で次にやるべきことなのが 「休息」 することであり、 つまりは 「何もやらない」 ことである。

ゲルソン療法のクリニック (メキシコ) に行くと、 そこにいる患者さんたちはとても 「ゆったり」 と過ごしている。 そして、 このスタイルは、 自宅に戻った後の治療生活でも持続させることが求められる。 なぜなら、 それが治療の一環であり、 ジュースを飲むことや、 浣腸をすることと同じくらい大切なことだからだ。

ところが、 積極的な人や、 今まで仕事人間で止まることを知らなかった人などは、 この 「休息」 を理解できず治療効果を上げられないことがある。 元気だから、 体が動くから、 という理由で仕事を始め、 ジムに通うようになる。 そのエネルギーは、 体の内側を修復するために使わなければ治療にはならないのである。

(Medical Nutrition 86号より)


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